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Arsenalの決勝戦&パスワードが不要になるかもっていうgoogleの開発について思うこと。

こんにちは!

昨日はFA Cupの決勝戦でした。Arsenal vs AstonVilla!

ということでArsenalの本拠地のパブで試合観戦。(気合!) 

パブに設置された巨大スクリーンの前にアーセナルのユニフォームを着たおじさん達が200人くらい集まってました。  

無事優勝できました。 優勝した瞬間の友人オーウェン。歓喜。

 

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最近気になってる事!

googleの研究ユニットATAPが近い将来パスワードが不要になるという技術を開発しているニュース。個人の行動をモニタリングしてそこからのデータで真性のユーザーである事を確認する技術らしいのだけど、そもそも個人の行動ってものに何処までの一貫性があるのだろうと思ったりします。確かに人にはその人を形作っている特徴があるけれども、生まれてから死ぬまでその人を貫き通す行動の一貫性は一体どの程度あるのだろうか、、、

そもそも「個人」てなんだろうなとこの頃思います。 

 

自分は自分って当たり前のように思っているけど、性格なんて思わぬ事で変わるはずです。例えば私の性格はイギリスに引っ越してくる前(3年前)と後で大きく変わったという自覚があります。それは夫と出会った事も大きいし、ネイティブ言語じゃない環境に来た事も大きいし、胃腸が弱くなった事も関係してるかもしれないし、日本ではわりと背が高い方だったのにイギリスでは凄く小さくなったような気がするってのも関係してるかもしれないし、、、兎に角色々な要因で人の内面は刻々と変化していくと思うのです。ここだけは絶対に変わらないだろうって事ですら、思わぬ原因でパッと変わってしまう。

あたなの人格の核はなんですか?と問われてもバシっ!と答えられる自信が私にはありません。

性格以外でも、外見、健康状態、社会的地位と立場、自分を取り巻く人間関係などなど予想もしない形で変わるのが人生です。

 

自分と他者の明確な線引も考えれば考える程わからなくなります。

どんどん両親に似てくる自分の顔。ずっと一緒にいると思わず同じセリフを同じタイミングで言ってしまうような時。1日中オンラインで人と連絡を取り合っている時の自分の頭の中。物事をもう自分の頭で暗記しないでネットの中でブックマークしておけばいいような、集団の知恵が自分の知恵になったような感覚。

個人はいくらでも他者と溶け合える世界。

でもますます重要になる「私は本当に私です」と証明する必要性。あなたは本当にあたなですか?問いかけられれば問いかけられるほど、「私」ってなんだ、と思ってしまうのです。

 

平野啓一郎さんの言う「分人」という考え方が気になる今日このごろです。

 

 

最近描いてる模様。

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では!また!